大判例

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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)4240号 判決

原告

株式会社丸梅山本本店

右訴訟代理人

中村弥三次

遊田多聞

寺崎万吉

被告

株式会社山本海苔店

右訴訟代理人

須藤敬二

右補佐人弁理士

須藤忠

主文

一  原告は、その販売する乾海苔及び味付海苔について、別紙第一目録記載の商標を先使用により使用する権利を有することを確認する。

二  原告のその余の請求は、棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告訴訟代理人は、「一 原告は、その販売する乾海苔、味付海苔及び缶詰海苔について、別紙第一目録記載の商標を先使用により使用する権利を有することを確認する。二 訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め。

二  被告訴訟代理人は、「一 原告の請求は棄却する。二 訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め

第二  当事者の主張

(請求の原因等)

原告訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり述べた。

一  被告は、次の商標権の権利者である。

登録商標  別紙第二目録記載のとおり。

指定商品  第四十五類 乾海苔、その味付海苔及び缶詰海苔

登録出願  明治三十五年一月三十一日

登  録  同年三月五日

登録番号  第一六、九一七号(現在の登録番号は、第一三四、〇八七号である。)

しかして、本件商標権は、被告会社代表者山本徳治郎の先々代の山本徳治郎の登録出願に係るものであり、右商標権は同人からその相続人である先代山本徳治郎を経て、同じく徳治郎を襲名した現在の被告会社代表者に順次承継され、被告は、昭和二十二年十月十四日、右代表者山本徳治郎の営業とともに本件商標権の譲渡を受け、その間、三回にわたる存続期間更新の登録の手続を経たものである。

二  本件商標権の登録出願の願書添附の書面に表示した商標は別紙第二目録記載のとおりである。

三  原告は、昭和三十五年一月五日、海苔の製造、加工及び販売を業として設立された株式会社であるが、その販売する乾海苔、味付海苔及び缶結海苔につき、本件登録商標と同一又は類似する別紙第一目録記載の商標(以下「本件商標」という。)を先使用により使用する権利を有する。すなわち、

原告会社代表者山本一営の六代前の山本半蔵は、遠く享保年間に、本件登録商標と同一又は類似する本件商標を使用して乾海苔その他海苔加工食料品販売の業務を始め、その後二百年余の長期にわたり、代々半蔵の名を襲名した二代目ないし六代目山本半蔵は、不正競争の目的でなく善意で、右商品について継続して本件商標を使用してきたものであり、本件商標権の登録出願の日である明治三十五年一月三十一日以前から、本件商標は、五代目山本半蔵の販売する乾海苔味付海苔及び缶詰海苔を表示するものとして、取引者又は需要者の間に広く認識されていたものである。

原告会社代表者である山本一営は、昭和二十三年一月、六代目山本半蔵から、その営業とともに、本件商標の使用を承継したものであるが、原告は、昭和三十五年一月五日、その設立とともに、前記山本一営から、その営業とともに、本件商標の使用を承継し、現に、乾海苔、味付海苔又び缶詰海苔を販売し、右商品につき本件商標を使用しいる。

四  しかるに、被告は、原告が前記海苔製品に本件商標を使用するにつき、先使用により使用する権利を有することを否認し、これが使用を妨害又は妨害しようとしているので、原告は、本件商標を使用する権利を有することの確認を求める。

五  被告の答弁第四項は、争う。すなわち、大正十年法律第九十九号商標法(以下「旧商標法という。)施行(施行期日、大正十一年一月十一日)前においては、先使用による商標の使用する権利に関する規定は、設けられていなかつたが、このような明文の規定がない場合であつても、旧商標法第九条第一項の先使用権の要件を満たすものは、旧商標法施行前においても、他人の登録の有無にかかわらず、先使用による商標の使用を継続することができるものである。

仮にそうでないとしても、旧商標法施行前、他人が登録している商標について、その登録以前から旧商標法第九条第一項の規定する要件を満たしてこれを使用していた者は、旧商標法施行の期日である大正十一年一月十一日からは、同法第九条第一項の規定に基づいて、先使用による商標の使用をする権利を取得したものである。しかも、このことは、法律効果の発生を法律施行前にまで遡らせるものでないから。法律不遡及の原則に反するものではない。

しかして、右見解が認められる以上、昭和三十四年法律第百二十七号による現行商標法が施行された昭和三十五年四月一日前に他人が登録している商標について、その登録前から現行商標法第三十二条第一項が規定する先使用の要件を満たしてこれを使用していた者は、現行商標法施行の日からは、同法第三十二条第一項の規定に基づいて、右商標の先使用権を取得することとなつたものである。

六  被告の答弁等第五項の事実は、否認する。

(答弁等)

被告訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた、

一  請求原因等第一、二項の事実は、認める。

二  同じく第三項の事実中、原告会社がその主張の日設立されたこと、原告は、現にその主張の乾海苔、味付海苔及び缶詰海苔を販売し、これに本件商標を使用していること、並びに本件商標が本件登録商標と同一又は類似することは、認めるが、その余は、否認する。

三  先使用による商標の使用をする権利は、現行商標法施行法第四条の規定によれば、旧商標法第九条第一項の規定による先使用権であつて、現行商標法施行の際現に存するものは、新法施行の日において、新法第三十二条第一項の規定による商標の使用をする権利となつたものとみなす旨の規定があるが、これに反し、旧商標法には、これに類する規定は何ら設けられていないのみならず、先使用権に関する規定は、旧商標法により初めて設けられたものであるから、法律不遡及の原則からいつて、明治三十二年法律第三十八号商標法(以下「明治三十二年商標法」という。)により登録となつた本件商標権につき、先使用権を主張することは許されない。

四  仮に、被告主張の先使用の事実があつたとしても、明治四十二年法第二十五号商標法(以下「明治四十二年商標法」という。)のもとにおいては、同法第三条第二項において、「明治三十二年七月一日から同一商品につき同一もしくは類似の商標を善意に使用していた者が、その商標につき登録出願をした場合においては、前条第五号(周知標章と同一又は類似であつて、同一商品に使用する商標の登録拒絶)及び前項(先願主義)の規定にかかわらず、その商標を重複して登録をすることができる」旨規定していたにかかわらず、当時の山本半蔵は、あえて右登録手続をしなかつたのであるから、本件商標を先使用により使用する権利は、これを保護するに値いしないものでありこれが確認を求める原告の本訴請求は、訴権の乱用である。

五  仮に、そうでないとしても、六代目山本半蔵は、明治四十二年以降、不正競争の目的をもつて、本件商標を使用してきたものであるから、右先使用権は、その頃消滅したものである。

第三  証拠関係≪省略≫

理由

(争いのない事実)

一  被告会社代表者山本徳治郎の先々代の山本徳治郎が、明治三十五年一月三十一日、別紙第二目録記載の商標につき、第四十五類乾海苔その味付海苔及び缶詰海苔を指定商品として、登録出願をし、同年三月五日その登録手続を経たこと、被告は、原告主張の経過ののち昭和二十二年十月十四日、被告会社代表者山本徳治郎からその営業とともに本件商標権の譲渡を受け、現にその権利者であること、その間、三回にわたる存続期間更新の登録手続を経たこと、本件商標権の登録商標権の登録出願の願書添附の書面に表示した商標は別紙第二目録記載のとおりであること、原告は、昭和三十五年一月五日、海苔の製造、加工及び販売を業として設立された株式会社であり、現に、乾海苔、味付海苔及び缶詰海苔を販売しており、右海苔製品に本件商標を使用していること、並びに本件商標が本件登録商標と同一及は類似するものであることは、当事者間に争いがない。

(本件商標の先使用による使用権について。)

二  <証拠―省略>並びに本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、原告会社代表者山本一営の祖父にあたる六代目山本半蔵(旧名橋本米吉)は、明治三十七年十月、代々半蔵を襲名してきた山本半蔵家(以下「山本半蔵家」という。)に入夫婚姻し(その届出は、明治三十八年二月二十三日)、同年六月二十九日、半蔵と改名したこと、山本半蔵家は、古くから東京都大区田大森(もと東京府荏原郡大森町)にある旧家であり、前記六代目半蔵が入夫婚姻した当時、すでに梅の字を丸で囲んだ本件の標章を屋号として使用し、茶漬飯、焼海苔を客に提供する等の茶店を経営するかたわら、乾海苔及び焼海苔、味付海苔に本件商標を付して東京周辺の小売り業者に相当手広く卸し売りしており本件の標章は、山本半蔵の屋号を示すとともに、同家の海苔製品を示すものとして取引者又は需要者の間に広く認識せられていたこと、六代目半蔵は、入夫婚姻後間もなく前記茶店経営を廃止し、海苔製品の卸し売りを専業としてきたが右家業は、昭和二十三年一月、六代目半蔵の孫にあたる前記山本一営に引き継がれ、昭和三十五年一月五日。原告会社の設立とともに、右山本一営の営業一切を原告会社に譲渡し、本件商標の使用を承継してきたこと、一方、被告会社代表者である山本徳治郎家は、本件登録商標の登録出願前、前記山本半蔵からのれん分けを受けて現在の被告会社在地に海苔製品の小売りを始めたものであるが、現代表者山本徳治郎の先々代の徳治郎において、本件録録商標の登録出願をし、その登録を経たため、山本半蔵家においては、本件商標権に対し、本件商標を先使用により使用する権に対し、本件商標を先使用により使用する権利のあることを明らかにするため、本件商標の両側に「有権商標」という文字を付してその販売する乾海苔、味付海苔等にの商標を使用していたこと、山本半蔵家において、本件商標を使用するにつき、山本徳治郎からは、少なくとも終戦前までは何らの異議申出もなかつたことを認めうべく、右認定に反する証人<省略>の各証言は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

前記認定事実に弁論の全趣旨を総合すれば、山本半蔵家は前記先々代山本徳治郎が本件登録出願をした明治三十五年一月三十一日前から、乾海苔及び味付海苔に善意で、本件商標を付して卸し売りしており、本件商標は、山本半蔵家の乾海苔を示すものとして取引者又は需要者の間に広く認識せられていたことを推認するに難くない。しかして、本件商標が、本件登録商標と同一又は類似するものであることは、前記のとおり、当事者間に争いがないから、六代目山本半蔵は、旧商標法が施行された大正十一年一月十一日以降、本件商標権に対し、本件商標を乾海苔及び味付海苔に使用するにつき先使用する権利を取得したものというべきであり、右使用権は、六代目山本半蔵の営業を引き継いだ山本一営に移転し、さらに、右営業の譲渡を受けた原告に移転し、現行商標法が施行された昭和三十五年四月一日以降は、同法第四条の規定に基づき現行商標法第三十二条第一項の規定による先使用による使用をする権利となつたものとみなされるものである。

原告は、山本半蔵家は、本件登録商標の登録出願前から、缶詰海苔についても、本件商標を使用していた旨主張するが、右主張事実を認めるに足る証拠はなく、かえつて、証人山本半蔵の証言によると、山本半蔵家が缶詰海苔の販売を始めたのは本件登録の登録出願の後である明治三十八年からであることが認められるから、原告の右主張は、理由がないものといわざるをえない。

被告は、先使用権に関する規定は、旧商標法により初めて設けられたものであるから、同法以前に制定された明治三十二年商標法により登録となつた本件商標に対しては、法律不遡及の原則により、先使用による商標を使用する権利を主張することは許されない旨主張する。しかして、いわゆる先使用権に関する規定が旧商標法(第九条)において初めて設けられたものであることは、被告の主張するとおりであるが旧商標法が、その附則において一定の経過規定を設けながら旧商標法の施行前から使用されている標章の使用権の存否を旧法(明治四十二年商標法)により定むべきことについて、何らの規定をも設けなかつたことに徴すると、他人の登録標と同一又は類似の標章等の使用権の有無については、旧商標施行後にあつては、すべて旧商標法第九条の規定により決定すべきものとした趣旨と解するを相当とし、本件について、これをみるに、本件登録商標は、明治四十二年商標法附則第三項において準用せられる明治四十二年法律第二十三号特許法第九十九条の規定により、同年十一月一日以降、明治四十二年商標法により受けたものとみなされ、さらに、旧商標法第四十条第一項の規定により、大正十一年一月十一日以降、旧商標法によりしたものとみなされたのであるから、前説示のとおり、旧商標法第九条の規定に基づき商標法施行の以後、山本半蔵は本件商標権に対し、前記の商品につき本件商標を先使用により使用する権利を有するものと解すべきであり、このことは旧商標法をその施行前に遡つて適用することにはならないから、被告の前示主張は、理由がないものといわなければならない。

また、被告は、明治四十二年商標法のもとにおいては、明治三十二年七月一日前からの善意使用者に、他の登録商標があつても、重複して登録する制度があつたにかかわらず、当時の山本半蔵は、あえて、右登録の手続をしなかつたのであるから、本件商標を先使用により使用する権利は、これを保護するに値いしないものであり、本訴は、訴権の乱用である旨主張するが、旧商標法施行後にあつては、明治四十二年商標法の規定による登録商標においても、先使用者に対しては先使用権を許容するに至つたものと解すべきこと前説示のとおりであり、他に特段の事情の認められない本件においては本訴請求を訴権の乱用ということはできないから、右主張は理由がないものといわなければならない。

次に、被告は、山本半蔵家においては、明治四〇二年以降本件商標を不正競争の目的で使用してきたものであるから本件商標を先使用する権利は、消滅した旨主張するが、右主張事実を認めるに足る証拠はない(なお、山本半蔵家において本件商標の両側に「有権商標」の文字を付して使用した事実があるが、右は前記認定のとおり本件商標を先使用する権利のあることを明らかにする意図に出たものであり、不正競争の目的によるものとは認めえない。)から、原告の右主張もまた理由がないものといわなければならない。

したがつて、原告は、乾海苔及び味付海苔について、本件商標の使用をする権利を有するものということができるから、本訴請求は、右の限度において理由があるものということができるが、缶詰海苔については、本件商標の使用をする権利を有するものということはできないから、その余の請求は、理由がないものといわなければならない。

(むすび)

三 以上説示のとおりであるから、原告の本訴請求は、主文第一項掲記の限度においてこれを認容し、その余は、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条本文、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官三宅正雄 裁判官武居二郎((裁判官白川芳澄は、転補につき、署名押印することができない。)

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